2020年12月31日木曜日

明日からの2021年はDXの年

「2021年はDXの年」と言っていい。
聞き慣れなかったらぜひ頭の片隅に置いておいてください。

DXとはデジタルトランスフォーメーションの略。よく「革新的なデジタル化」といった捉え方がされ、特に仕事の場でICTによるオートメーションがそれに当たる様な混同が起きていますが果たして。
気になっている方はそろそろ整理をしたほうが良いと思います。

手刈りの稲刈りが機械化によって、身体も楽で時短になった革命とはレベルが違う。
ドローンで農薬散布をしてスマート農業と言っていますが、それはDXとは言いません。

DXとは「デジタル化してまるごと変わる」こと。イメージ的には、レコードがCDに変わってもお店がやることはそんなに変わらなかったけど、音楽配信で業態が変わってしまったような?
フィルムカメラがデジカメに変わっても紙の写真は残ったけど、SNSやYoutubeが無料で誰でもやれるようになって写真屋さんの仕事が変わったような・・

いや、そんなレベルではなくて。

一部が変わるんじゃなくて「まるごと変わる」、です。
若しくは「新しいものが生まれる」。このインパクトは大きいです。

DXで、私達が意識しておきたいことは次の3点と考えます。

1.地域や社会や環境に優しい画期的なアイディアやサービスが生まれてきます。例えばデータを活用したシェアリングのような動きです。これによって社会の課題解決が大きく、また一部前進するでしょう。私達の暮らしも変わります。

2.そうはいっても、そうしたメリットを積極的に受けられる方とそうでない方の差が大きくなるでしょう。一時的かもしれませんが、そこで大小のペナルティが生じると思って良いと思います。

3.同時にベンダーとなり得るかどうか。要するにあなた若しくはあなたが参画する事業体が、提供側としてDXとどう関わるかで、社会的な支援の位置づけがまるっきり変わってしまいます。
ほおっておいても巻き込まれます。上手に巻き込まれるか、ベンチャーなら巻き込む方ですね。


企業、行政、市民に、NPO、研究機関それぞれの立場で何をするか、明確になっているでしょうか。
今ならやれます。あえて巻き込まれるか、巻き込む立場になるかの選択が。

一点、行政は公平な立場から、判断を間違ってしまう側面がつきまとうのではないでしょうか。
例えば、ゆくゆく命に関わる病の治療で大手術をするかしないかの判断の時。そこでは、如何に生き延びるかではなく、どう生きたいかを問うはずです。
行政は当然、将来に渡って市民がどう在りたいかを慮って行動すべきです。血を流す流さないが一番の問題ではないのであって。

度々人口減少の話になりますが、後戻りはできません。気象変動への対策が遅すぎた感満載ですが、暮らしをどう守っていくか、DXは最終局面の救世主、私はそんな捉え方をしています。

2020年9月6日日曜日

カタカナ英語は理解されない?〜言葉はむずかしい

 9月4日の妙高市役所のFacebookの投稿から

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【官民連携による地域課題の解決を! ~「みょうこうミライ会議」のキックオフミーティングを開催~】

   「みょうこうミライ会議」は8月4日にプレキックオフミーティングをオンライン(web会議)で開催し、これまでチーム毎にリモートを活用しながら、課題に対しての意見交換やアイデア出しなどを行ってきました。

   キックオフミーティングは参加者が現地に集い、フィールドワーク(関係者へのヒアリングや視察)を通じて、課題解決へ向けたバックデータ収集や現地の雰囲気を体感する場として、8月28日に開催されました。

   当日は午前中に市役所にて全体会議を行った後、各チームに分かれ、妙高市内で各施設や観光名所を視察したり、実際にバスに乗車するなどして関係者へのヒアリングや参加者によるグループワークを夜まで行いました。

   次回は10月28日~30日の予定で、事業化を目的に、合宿形式による立案・プレゼンテーションを実施することとなっています。

<みょうこうミライ会議(官民連携プラットフォーム)の概要>

都市部企業が持つノウハウ・技術を取り込みながら、市民団体、妙高市の3者による

チームを組成し、地域課題、政策課題を解決していくものです。

今年度の課題テーマは①交通分野と②新たな人の流れ分野の2テーマとなります。

都市部企業からは(株)NearME、ダイハツ工業(株)、(株)カヤック、日本マイクロソフト(株)、(株)ワーナーミュージック・ジャパンから参画いただき、妙高市の課題解決に向け、検討していただくこととなっています。

※詳細は下記からもご覧いただけます

<みょうこうミライ会議「note(ノート)」のURⅬ>

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これに対するコメントに驚いた。

「カタカナ文字に慣れないと前期高齢者は進めない」とコメントするかた。そしてまたそれにいいねをするかた。

カタカナ文字の「理解のされにくさ」について改めて考えさせらた。


↓書かれているカタカナ文字を分析すると・・(社名や固有名詞は省略)


・キックオフミーティング プレキックオフミーティング 合わせて3箇所

・オンライン 1箇所

・フィールドワーク 1箇所

・ヒヤリング 2箇所

・バックデータ 1箇所

・チーム 1箇所

・グループワーク 1箇所

・プラットフォーム 1箇所


これらは全て英語をカタカナにしたものなので本来の言語で書くとこうです。(私訳)


・キックオフミーティング プレキックオフミーティング kick off meeting/pre- =初会合/初会合の事前会

・オンライン online =回線に接続されている状態

・フィールドワーク fieldwork =現地調査

・ヒヤリング hearing =聞き取り

・バックデータ backdata =過去の情報

・チーム team =共同の団体

・グループワーク group work=団体作業(支援的)

・プラットフォーム platform=基礎となる環境


この市役所の投稿にどれくらいの方が理解できないと感じたのか。

また、それはどんな方なのか。

どうすればよいのか(カタカナを使わずに日本語に訳せばいいのか、解説をつけるのがいいのか、本来の原文を示すなど・・)

私も頻繁に「村越さんは難しいことを言う」と指摘を受けることから、こうした場面の回避に苦慮している。


問題は何なのか

英語をそのままカタカナで標記している問題も出てくる。

そこが課題だとしたら、違和感無く使っている方はどのような思考で使っているのか(英語で表現しているものを分かりやすくカタカナにしているのか? さもなければ、普通に使っている言葉として認知しているのか)。

ある方は、英語で書くべきだという主張もある。例えば、オンラインはonlineなどと。

調べれば、ディスレクシアという読字障害というものもあるようだ。


ただ現状から察するに、このカタカナ英語は西洋料理のカレーライスのように日本語化したものではないか。

なぜなら、外国人と英語で会話するときに同じ意味でこれらの言葉を使うだろうか、さらに使ったとしても、カタカナ標記の時の発音とは異なると思えるからだ。


言葉は難しい。

パン と言って解らない人が殆どいない言葉まで認知されなければ使うべきではないのか、というとそうではないはずだ。

本来の意味とは違くても共通に認識できる言葉となればそれは公用に耐える。一方で身の回りでは一般的で最も理解しやすい言葉と思っていても、ある方には全く理解できないものがあることも事実。

いずれにせよ、分かる人にだけ伝わっていればいい場合とそうでない場合の使い分けや、ケースバイケースで伝える努力は必要といえる。

2020年8月10日月曜日

リーダー育成の真実

 リーダーとは他をまとめ、引っ張っていく人材のことと思われている。


リーダーは小グループや組織の中で必要とされる。

地域にそうした役割を担う人材がいないと、住民の意志が統一されず地域が迷走したり、外部と交渉ができない事態に陥る。

また、リーダーがいないと組織が生まれにくい側面もある。「この指とまれ」をやる者である。


このようにリーダーは、集団がまとまっていく中で必要な役目であったり、何かが動き出すためになくてはならない存在であることに間違いはない。

実際的には、5人、10人、・・・千人、数万人の中に1人必要な船頭。それがリーダーであることに違いはないのだが、ここに大きな落とし穴がある。


「リーダー育成」は何のために行うのか?

・集団にとって正しい意思決定ができるようにするため

・地域振興の核となる団体や、社会的な事業を生むため

そのためのトップとなれる人を育てるため、そう思われているふしはないか。


私は、グループや組織がまとまって、うまくやっていくために必要なものは、一人のリーダーの存在ではないと思っている。


こうした最悪なケースを思い浮かべていただきたい・・

集団の中で手を上げた一人が自分の考えを押し付けようとしたり、またそれ以外の者が都合よくぶら下がっていることが常態化した状態。


「どうせあの人に逆らったって」「私らは責任を負いたくないから」

ついには手を上げた一人を称賛するようになるが、雲行きが怪しくなれば一斉に避難をし始める。


ここに何が欠けているか。

一言で、それぞれの"主体性"である。

大切なことは、主体性は全員に必要だということである。

参加、意見、意思表示、評価、こうした責任の持ちようが全く違ってくる。

リーダーシップとは、こうした主体性のことをいうのである。


極端なことを言うと、良い集団は全員がこのリーダーシップ(主体性)を備えている。

良きリーダーは己の特性を活かしながら、全員のリーダーシップを尊重して決定し、それを損なうことなく最大限活かしていくことができる。同時に、相互の補完やさらなる醸成に努める。


社会的な集団はそのためにリーダー育成をするのである。

また、そうした社会であれば、誰もがリーダーとして活躍できるチャンスに満ちているということだ。

2019年12月9日月曜日

「棚卸し」という便利だけど誤用しそうな言葉

一般に棚卸しとは、商品の在庫管理のことだ。
ドラッグストアなどである次期になると、商品個々のプライスカードの所に、小さな付箋に数字が書かれて貼られているのを目にする。昔バイトでやったなぁ。と思い出す。
棚卸しの目的は、仕入れ後の販売や処分などと在庫の相違のチェックといわれる。

最近では「業務」「事業」に対する使い方も認知されてきている。
この場合の目的は、単にデータベース化してインデクスをつけることではない。
行う者は、調査後のデータを分析して、効率化やムダの削減にあたるとしていることが多いのではないか。

棚卸しには正確性も大事だが、効率化やムダの削減ということであるなら、真っ先に、「目的(何のために)」、「目標(いつまでに、どこまで、どういった成果物 など)」が明確化されているかどうかがポイントである。
あたりまえだが、より論理的な仮設を立て、なおかつ精査してから始めないと、過剰な時間や経費を費やすことになり効果は期待できない。仮に統計を目的とした場合でも、目標設定と評価を適切に、かつ適正に保守できる仕組みをビルトインしておくべきだ。


一方、業務の棚卸しの場合、範囲をどこまでを対象にするかが、成功の”コツ”ではないか。そこで、業務というと堅いので、「しごと」とする。
「Aさんがやっているしごとを棚卸ししましょう」とした場合、本業や趣味、家の仕事 や、仕事というにはもっとあいまいな「朝起きたら居間のエアコンのスイッチを入れる」とかいう習慣まで、含めるケースもあっていい。
反論承知であえて言っているのだが、個人においてはプライベートなごく些細な動きや環境の変化すら、これからのしごとには関わってくる。収益の伴うもの伴わないもので線引することがかえって混乱を招くことが多いためで、私だけがそうだ、とは思わない。

組織についても同じ。組織は複数の人と業務と、多様なステークホルダーを整理しておく必要があり、対象を設定する場合には、全ての中からピックアップしていくことになる。しかも高速に。高速である必要は、個別がそれぞれの案件を同時並行的にスクラップとビルドを繰り返すからで、ここでは説明を省かせていただくが、例えば働き方改革で兼業が習慣化し、テレワークによりマルチタスクで生活していく、という事例等でお察しいただきたい。


ここでは、なぜ今それか、という話をしたい。
シェアリングという言葉が使われだしている。昔は共有にあたる、のでいいのかな。
一つのものの利用者が増えれば、コストが下がる。あるいは、もののヴァリューが増えるという考えだ。
物や事は情報技術を介して、急激にそのシェアリングの成果が向上している。
最近は、物質は人であったり、事はより能動的な知として、非常にフレキシブルに機能している。

このようにして、物や事の使われ方の選択が膨大になり、かつ場所や時間といったハードルが低くなってきた昨今。いつ誰が何をどうして、という順序立てた常識みたいなものにブレイクスルーが起きていると考えて間違いはない。
私は、数年して振り返った時に、ああ2019年〜2020年がそういう次期だったね。となると確信している。
ということで、もし「今までこうだったから」という文脈をもっているなら、「今まではこうだったけど」に変えなくてはならないし、その意味であらゆる事にこれまでのロジックは捨てるべきである。選択は自由と断っておくが。


棚卸しといって、あたかもこれからを考えようとしているように見えて、アリバイであったり、イノベーションへの逃げに使われたとしたら、そんな詐欺行為には警戒が必要だ。
自分に対しても、他者に対しても。

学ぶべきことは、
1.「棚卸し」をやるには、目的目標を明確にしてやること。決して棚卸しを目的にしない。
2.また、これを高速にやること。時間がかかるプロジェクトなら大きくステージに分け、実行から評価のスパンを最小にすること。
3.棚卸し対象の固定観念を捨てること。

棚卸しは鳥瞰に他ならない。いかにワイドに捉えられるか。
しかも、個人・組織のパフォーマンスに負荷をかけない、高速かつ再構築可能なシステムを作っていくかが課題となる。


追記)
住民アンケートは住民意識や生活実態などの棚卸しと言えないか、その場合の目的・目標設定は正しいか、事業コストや効果をどう評価するかの検証が必要。

2019年10月4日金曜日

低リテラシー。妙高市のホームページの運用状況について

本記事は市民に向けてどういう姿勢で伝えるべきか」という課題提起です。

総合計画が重要である、という話は前のページでいたしました(令和2年度施行に向けて「第3次妙高市総合計画」の策定中)。
そのデータに、妙高市の公式ホームページのトップページからかなりアクセスしにくく、「場所が分からない、掲載されてない」と言われても仕方がない状況に困惑しています。

計画案が公示され、パブリックコメントが始まったのは、議員に配布された9月25日からです。市民への説明会は、25日(新井地区)、26日(妙高地区)、27日(妙高高原地区)で、いずれもスライドによる概要説明程度です。
計画案全文の閲覧は、市役所と各支所、そしてホームページで可能ですが、その広報もマスコミを通じてと、市報みょうこう10月号によるものです。

説明会に訪れた人数は3箇所の合計で50名ということです。中には市の職員も含まれていました。
パブリックコメントは10月24日まで行っていますが、10月3日現在で、すでにホームページのトップページからの案内が削除されている状況です。



1.トップページを開いて

新着情報に「第3次総合計画」の文言はありません。


2.新着一覧を見ても最初の表示と同じです。



3.新着の隣のお知らせをチェックしてみます。

なにもありません。


4.その隣(妙高TOPIC)もチェックします。

ありません。


5.募集中にもありません。



6.左のメニューを探します。

実はこの中にあります。
左のずっと下の「パブリックコメント制度の紹介」をクリックしてください。


7.パブリックコメント制度の紹介ページをスクロールして一番下です。

意見等の募集中の案件または募集結果(外部サイト)」をクリックしてください。


8.パブリックコメントの実施案件及び今年度実施案件の結果のページです

第3次妙高市総合計画(案)」をクリックしてください。


9.「第3次妙高市総合計画(案)」についてご意見を のページ

下の方の、関連ファイルの「第3次妙高市総合計画(案)」をクリックしてください。
これで全文が見れますが、気をつけてください。46メガバイトというかなり大きいデータです。


実際は「検索」が一番簡単にアクセスできます、が・・・

  • 3次妙高市総合計画 パブリックコメント」でググれば一発で出てきます。しかし、ホームページのトップページから見つからないのは困ります。
  • PCでトップページにアクセスして、運良く左下の「パブリックコメント制度の紹介」をクリックできて、さらに運良く左メニューから「第3次〜」が見つけられたなら、最短です。しかし、普通はそこに目は行きません。
  • なお、スマホでは「パブリックコメント制度の紹介」も表示されません。
  • 46メガバイトという、大きなファイルサイズはいかがなものでしょう。(圧縮を工夫すれば半分のサイズに縮小できます。また、画像のPDFファイルではなく、文字データのPDFファイルにすべきです)
非常にリテラシーの低い運用状況。このような現状は市民の皆さんにどのように映るでしょう。

令和2年度施行に向けて「第3次妙高市総合計画」の策定中

自治体では総合計画という、まちの基本構想が策定されていますがご存知でしょうか?

自治体の総合計画(または基本構想)は、2011年5月2日に地方自治法が改正され、策定義務は無くなったものの、各自治体の判断により策定しているところが増えているとのことです。
妙高市の場合は、妙高市自治基本条例の第15条(*1)に策定が定められており、現在は第2次妙高市総合計画が運用中です。

*1)第15条 市は、総合的かつ計画的な行政運営を行うための基本構想及びその実現のための基本計画 (以下「総合計画」という。)を策定し、効果的かつ効率的に施策を推進しなければならない。

妙高市では、今が次の総合計画策定の最終段階です

また、来年の令和2年度より第3次総合計画を施行するにあたり、これまで9回の審議会が開催され、現在(10月4日)は計画策定の最終段階となる、パブリックコメントが行われている最中です。パブリックコメントとは、計画策定などの際に、広く意見や情報を募集するもので、妙高市では、前述の自治基本条例の第12条(*2)に「市民の参加の機会を確保」として、市の責任が示されています。

*2) 第12条 市は、市の政策立案等の過程において、市民が広く参加できる機会の確保に努めなければならない。
2 市は、市民に対し、市政に関する事項を適宜説明するように努めなければならない。
3 市は、公平公正を基本として、市民に対し、自治に関する情報の提供及び必要な支援を行い、協働による自治を推進するものとする。

ところで最上位計画となる総合計画って実際はどうなの?

計画なんて形式的なもので、建前だと思って・・・いませんよね?
例えば、あなたがマイホームを建てようとして、建てる場所、間取り、使い心地、家族の希望、いつまで誰がどのように使うか・・などなど、借り入れも含めて予算とにらめっこしながら、真剣に悩むのが当然だと思います。その時に、主(あるじ)が家族に相談もなく好き勝手にやってしまったら、それは後に大変なことになります。「私の意見も聞いて!」と、ふつうはなりますよね。

「台所に何を置くか」「子ども部屋の環境」「トイレやお風呂のバリアフリー」「ボイラーの耐用年数」「居間のデザイン」など個別に考える部分もありますが、最も大切なのは、「どんな家にしたいか」ですよね。
  • どんな災害がやってきてもびくともしない安心安全な家 か、
  • 緑と生命のあふれる健康と安らぎの家 か、
  • となり近所と仲良し、友だちと笑顔の絶えない家 か。

こうした家のコンセプト(設計理念)が自治体の総合計画と言えます。
個々の計画の最上位計画として位置づけられ、5年間の中期計画の中で、まちづくりを大きく牽引していくものです。
つまり、市民(家で言えば家族)にとってものすごく大事。ということです。


市民にとってものすごく大事な計画です

理念が全面に出てくるのは当然。そのため概ねぼんやりとしている印象があるかもしれませんが、中でも「やります」や、「やりません」と書いてある決意は非常に重い部分です。
決意が随所に示されれば、計画そのものは評価の高いものと言って良いのではないでしょうか。なぜかと言うと・・

私なら、という話ですが、コンセプトを打ち出してから個別計画を沿わせるのは逆で、個々の持ち場・現場の、事情・現状を踏まえ、先を見越した読みを個々にしっかりと構築させた上で、全体を調整し、理念と整合をとり、コンセプトによって保証する。というのが筋ではないのか? という思いがあります。
市民のために確実に実行させたいのであれば、多少の無理があっても、むしろ総合計画で具体的に書くべきです。(実際そういう箇所もある)

その意味で、令和2年度からスタートする個別計画はまだパブリックコメントにかけられません。調査にも限度がありますのでこれ以上踏み込んでは言いません。
こうしたことも含みながら総合計画(案)を読んでいくと、「踏み込んでるな」「ぼやかしてるな」「攻めて無いな」と感じるところがいろいろと出てきます。
生意気な見解ですが、計画は出来た時点で結果は見えていると思っているので、繰り返しになりますが、総合計画をどうするか、が市民のみなさんにとってとても重要なことなのです。

長くなりましたが、市民の皆さんもぜひとも関心を持って関わっていただきたい理由をお話しました。

第3次妙高市総合計画案(案)のダウンロード
※このデータは、約50メガバイトあった原本を、軽くするために村越が圧縮した(約22メガバイト)ものです。