2021年3月21日日曜日

地味に漂流クアオルト

 ホットアリーナ、妙高高原体育館ができて4年が経った。

クアオルトプログラム(健康保養地事業)の拠点としてスタートしたが今ひとつ波に乗れている気がしない。

  • H28 健康保険課 > 総合健康都市推進室 > 健康保養地(クアオルト)係/Y係長
  • H29 健康保険課 > 総合健康都市推進室 > 健康保養地(クアオルト)係/Y係長
    • 4/20 ホットアリーナ、妙高高原体育館オープン
  • H30 生涯学習課 > 健康スポーツ振興室/Y室長 > 健康保養地係/S係長
  • R1 生涯学習課 > 健康スポーツ振興室/Y室長 > 健康保養地係/S係長
  • R2 健康保険課 > 健康づくり係/T係長
  • R3 観光商工課 > (不明)係
令和3年度どうなることやら

2021年1月22日金曜日

アフターコロナの過疎地域の選択は(地域運営組織の再考)

 国が進める地域運営組織については過去に取り上げ(私が注視するローカルアベノミクスの「地域運営組織」2016年)議会でも質問した。4年後 妙高市は2020年(令和2年度)第3次妙高市総合計画に盛り込みようやくこの地域運営組織に取り組み始めた。 地域運営組織とは、住民が組織を作り自分たちの生活に関わる様々な事業運営や課題解決を行う住民自治組織のことだ。
地域運営組織づくりに定石など無いと当時からそう思っていた。地域にはそれぞれの特有の事情があり同じものは2つと無い。そのため当てはめ型の政策は間違いなくうまくいかない。

人口減少、高齢化する地域社会はコロナ禍でどんな変化があったか。2019年までと同じやりかたで進めて良いものか。
改めて整理してみた。

地域運営組織とは 共助の再構築である

段階的な変化:「自分のため(自助)」から「持続可能な地域」へ

1step.自分のために自分のことを →あたりまえだけど先ずは自分

自分のスキルアップや体力づくり、収入アップも含めて楽しく暮らすための活動

2step. 自分のために周りのことを →自分だけ楽しくても幸せではない

自分だけが良ければという論理は崩れ去る。企業活動も含め自分ができることで周囲の環境改善を試み、影響を計測する

3step.全体のために自分のことを →みんなのために自分が動いてみる

さらなる地域環境の改善のために自分の可能性の拡大を試み、より社会性を帯びた活動へ

4step.自分たちで全体のことを →みんなで動くことでみんなが幸せになれる

自助・私助の限界の打破と協働のメリットを享受するため、共助のありかたを改めて考える

2020年12月31日木曜日

明日からの2021年はDXの年

「2021年はDXの年」と言っていい。
聞き慣れなかったらぜひ頭の片隅に置いておいてください。

DXとはデジタルトランスフォーメーションの略。よく「革新的なデジタル化」といった捉え方がされ、特に仕事の場でICTによるオートメーションがそれに当たる様な混同が起きていますが果たして。
気になっている方はそろそろ整理をしたほうが良いと思います。

手刈りの稲刈りが機械化によって、身体も楽で時短になった革命とはレベルが違う。
ドローンで農薬散布をしてスマート農業と言っていますが、それはDXとは言いません。

DXとは「デジタル化してまるごと変わる」こと。イメージ的には、レコードがCDに変わってもお店がやることはそんなに変わらなかったけど、音楽配信で業態が変わってしまったような?
フィルムカメラがデジカメに変わっても紙の写真は残ったけど、SNSやYoutubeが無料で誰でもやれるようになって写真屋さんの仕事が変わったような・・

いや、そんなレベルではなくて。

一部が変わるんじゃなくて「まるごと変わる」、です。
若しくは「新しいものが生まれる」。このインパクトは大きいです。

DXで、私達が意識しておきたいことは次の3点と考えます。

1.地域や社会や環境に優しい画期的なアイディアやサービスが生まれてきます。例えばデータを活用したシェアリングのような動きです。これによって社会の課題解決が大きく、また一部前進するでしょう。私達の暮らしも変わります。

2.そうはいっても、そうしたメリットを積極的に受けられる方とそうでない方の差が大きくなるでしょう。一時的かもしれませんが、そこで大小のペナルティが生じると思って良いと思います。

3.同時にベンダーとなり得るかどうか。要するにあなた若しくはあなたが参画する事業体が、提供側としてDXとどう関わるかで、社会的な支援の位置づけがまるっきり変わってしまいます。
ほおっておいても巻き込まれます。上手に巻き込まれるか、ベンチャーなら巻き込む方ですね。


企業、行政、市民に、NPO、研究機関それぞれの立場で何をするか、明確になっているでしょうか。
今ならやれます。あえて巻き込まれるか、巻き込む立場になるかの選択が。

一点、行政は公平な立場から、判断を間違ってしまう側面がつきまとうのではないでしょうか。
例えば、ゆくゆく命に関わる病の治療で大手術をするかしないかの判断の時。そこでは、如何に生き延びるかではなく、どう生きたいかを問うはずです。
行政は当然、将来に渡って市民がどう在りたいかを慮って行動すべきです。血を流す流さないが一番の問題ではないのであって。

度々人口減少の話になりますが、後戻りはできません。気象変動への対策が遅すぎた感満載ですが、暮らしをどう守っていくか、DXは最終局面の救世主、私はそんな捉え方をしています。

2020年9月6日日曜日

カタカナ英語は理解されない?〜言葉はむずかしい

 9月4日の妙高市役所のFacebookの投稿から

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【官民連携による地域課題の解決を! ~「みょうこうミライ会議」のキックオフミーティングを開催~】

   「みょうこうミライ会議」は8月4日にプレキックオフミーティングをオンライン(web会議)で開催し、これまでチーム毎にリモートを活用しながら、課題に対しての意見交換やアイデア出しなどを行ってきました。

   キックオフミーティングは参加者が現地に集い、フィールドワーク(関係者へのヒアリングや視察)を通じて、課題解決へ向けたバックデータ収集や現地の雰囲気を体感する場として、8月28日に開催されました。

   当日は午前中に市役所にて全体会議を行った後、各チームに分かれ、妙高市内で各施設や観光名所を視察したり、実際にバスに乗車するなどして関係者へのヒアリングや参加者によるグループワークを夜まで行いました。

   次回は10月28日~30日の予定で、事業化を目的に、合宿形式による立案・プレゼンテーションを実施することとなっています。

<みょうこうミライ会議(官民連携プラットフォーム)の概要>

都市部企業が持つノウハウ・技術を取り込みながら、市民団体、妙高市の3者による

チームを組成し、地域課題、政策課題を解決していくものです。

今年度の課題テーマは①交通分野と②新たな人の流れ分野の2テーマとなります。

都市部企業からは(株)NearME、ダイハツ工業(株)、(株)カヤック、日本マイクロソフト(株)、(株)ワーナーミュージック・ジャパンから参画いただき、妙高市の課題解決に向け、検討していただくこととなっています。

※詳細は下記からもご覧いただけます

<みょうこうミライ会議「note(ノート)」のURⅬ>

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これに対するコメントに驚いた。

「カタカナ文字に慣れないと前期高齢者は進めない」とコメントするかた。そしてまたそれにいいねをするかた。

カタカナ文字の「理解のされにくさ」について改めて考えさせらた。


↓書かれているカタカナ文字を分析すると・・(社名や固有名詞は省略)


・キックオフミーティング プレキックオフミーティング 合わせて3箇所

・オンライン 1箇所

・フィールドワーク 1箇所

・ヒヤリング 2箇所

・バックデータ 1箇所

・チーム 1箇所

・グループワーク 1箇所

・プラットフォーム 1箇所


これらは全て英語をカタカナにしたものなので本来の言語で書くとこうです。(私訳)


・キックオフミーティング プレキックオフミーティング kick off meeting/pre- =初会合/初会合の事前会

・オンライン online =回線に接続されている状態

・フィールドワーク fieldwork =現地調査

・ヒヤリング hearing =聞き取り

・バックデータ backdata =過去の情報

・チーム team =共同の団体

・グループワーク group work=団体作業(支援的)

・プラットフォーム platform=基礎となる環境


この市役所の投稿にどれくらいの方が理解できないと感じたのか。

また、それはどんな方なのか。

どうすればよいのか(カタカナを使わずに日本語に訳せばいいのか、解説をつけるのがいいのか、本来の原文を示すなど・・)

私も頻繁に「村越さんは難しいことを言う」と指摘を受けることから、こうした場面の回避に苦慮している。


問題は何なのか

英語をそのままカタカナで標記している問題も出てくる。

そこが課題だとしたら、違和感無く使っている方はどのような思考で使っているのか(英語で表現しているものを分かりやすくカタカナにしているのか? さもなければ、普通に使っている言葉として認知しているのか)。

ある方は、英語で書くべきだという主張もある。例えば、オンラインはonlineなどと。

調べれば、ディスレクシアという読字障害というものもあるようだ。


ただ現状から察するに、このカタカナ英語は西洋料理のカレーライスのように日本語化したものではないか。

なぜなら、外国人と英語で会話するときに同じ意味でこれらの言葉を使うだろうか、さらに使ったとしても、カタカナ標記の時の発音とは異なると思えるからだ。


言葉は難しい。

パン と言って解らない人が殆どいない言葉まで認知されなければ使うべきではないのか、というとそうではないはずだ。

本来の意味とは違くても共通に認識できる言葉となればそれは公用に耐える。一方で身の回りでは一般的で最も理解しやすい言葉と思っていても、ある方には全く理解できないものがあることも事実。

いずれにせよ、分かる人にだけ伝わっていればいい場合とそうでない場合の使い分けや、ケースバイケースで伝える努力は必要といえる。

2020年8月10日月曜日

リーダー育成の真実

 リーダーとは他をまとめ、引っ張っていく人材のことと思われている。


リーダーは小グループや組織の中で必要とされる。

地域にそうした役割を担う人材がいないと、住民の意志が統一されず地域が迷走したり、外部と交渉ができない事態に陥る。

また、リーダーがいないと組織が生まれにくい側面もある。「この指とまれ」をやる者である。


このようにリーダーは、集団がまとまっていく中で必要な役目であったり、何かが動き出すためになくてはならない存在であることに間違いはない。

実際的には、5人、10人、・・・千人、数万人の中に1人必要な船頭。それがリーダーであることに違いはないのだが、ここに大きな落とし穴がある。


「リーダー育成」は何のために行うのか?

・集団にとって正しい意思決定ができるようにするため

・地域振興の核となる団体や、社会的な事業を生むため

そのためのトップとなれる人を育てるため、そう思われているふしはないか。


私は、グループや組織がまとまって、うまくやっていくために必要なものは、一人のリーダーの存在ではないと思っている。


こうした最悪なケースを思い浮かべていただきたい・・

集団の中で手を上げた一人が自分の考えを押し付けようとしたり、またそれ以外の者が都合よくぶら下がっていることが常態化した状態。


「どうせあの人に逆らったって」「私らは責任を負いたくないから」

ついには手を上げた一人を称賛するようになるが、雲行きが怪しくなれば一斉に避難をし始める。


ここに何が欠けているか。

一言で、それぞれの"主体性"である。

大切なことは、主体性は全員に必要だということである。

参加、意見、意思表示、評価、こうした責任の持ちようが全く違ってくる。

リーダーシップとは、こうした主体性のことをいうのである。


極端なことを言うと、良い集団は全員がこのリーダーシップ(主体性)を備えている。

良きリーダーは己の特性を活かしながら、全員のリーダーシップを尊重して決定し、それを損なうことなく最大限活かしていくことができる。同時に、相互の補完やさらなる醸成に努める。


社会的な集団はそのためにリーダー育成をするのである。

また、そうした社会であれば、誰もがリーダーとして活躍できるチャンスに満ちているということだ。

2019年12月9日月曜日

「棚卸し」という便利だけど誤用しそうな言葉

一般に棚卸しとは、商品の在庫管理のことだ。
ドラッグストアなどである次期になると、商品個々のプライスカードの所に、小さな付箋に数字が書かれて貼られているのを目にする。昔バイトでやったなぁ。と思い出す。
棚卸しの目的は、仕入れ後の販売や処分などと在庫の相違のチェックといわれる。

最近では「業務」「事業」に対する使い方も認知されてきている。
この場合の目的は、単にデータベース化してインデクスをつけることではない。
行う者は、調査後のデータを分析して、効率化やムダの削減にあたるとしていることが多いのではないか。

棚卸しには正確性も大事だが、効率化やムダの削減ということであるなら、真っ先に、「目的(何のために)」、「目標(いつまでに、どこまで、どういった成果物 など)」が明確化されているかどうかがポイントである。
あたりまえだが、より論理的な仮設を立て、なおかつ精査してから始めないと、過剰な時間や経費を費やすことになり効果は期待できない。仮に統計を目的とした場合でも、目標設定と評価を適切に、かつ適正に保守できる仕組みをビルトインしておくべきだ。


一方、業務の棚卸しの場合、範囲をどこまでを対象にするかが、成功の”コツ”ではないか。そこで、業務というと堅いので、「しごと」とする。
「Aさんがやっているしごとを棚卸ししましょう」とした場合、本業や趣味、家の仕事 や、仕事というにはもっとあいまいな「朝起きたら居間のエアコンのスイッチを入れる」とかいう習慣まで、含めるケースもあっていい。
反論承知であえて言っているのだが、個人においてはプライベートなごく些細な動きや環境の変化すら、これからのしごとには関わってくる。収益の伴うもの伴わないもので線引することがかえって混乱を招くことが多いためで、私だけがそうだ、とは思わない。

組織についても同じ。組織は複数の人と業務と、多様なステークホルダーを整理しておく必要があり、対象を設定する場合には、全ての中からピックアップしていくことになる。しかも高速に。高速である必要は、個別がそれぞれの案件を同時並行的にスクラップとビルドを繰り返すからで、ここでは説明を省かせていただくが、例えば働き方改革で兼業が習慣化し、テレワークによりマルチタスクで生活していく、という事例等でお察しいただきたい。


ここでは、なぜ今それか、という話をしたい。
シェアリングという言葉が使われだしている。昔は共有にあたる、のでいいのかな。
一つのものの利用者が増えれば、コストが下がる。あるいは、もののヴァリューが増えるという考えだ。
物や事は情報技術を介して、急激にそのシェアリングの成果が向上している。
最近は、物質は人であったり、事はより能動的な知として、非常にフレキシブルに機能している。

このようにして、物や事の使われ方の選択が膨大になり、かつ場所や時間といったハードルが低くなってきた昨今。いつ誰が何をどうして、という順序立てた常識みたいなものにブレイクスルーが起きていると考えて間違いはない。
私は、数年して振り返った時に、ああ2019年〜2020年がそういう次期だったね。となると確信している。
ということで、もし「今までこうだったから」という文脈をもっているなら、「今まではこうだったけど」に変えなくてはならないし、その意味であらゆる事にこれまでのロジックは捨てるべきである。選択は自由と断っておくが。


棚卸しといって、あたかもこれからを考えようとしているように見えて、アリバイであったり、イノベーションへの逃げに使われたとしたら、そんな詐欺行為には警戒が必要だ。
自分に対しても、他者に対しても。

学ぶべきことは、
1.「棚卸し」をやるには、目的目標を明確にしてやること。決して棚卸しを目的にしない。
2.また、これを高速にやること。時間がかかるプロジェクトなら大きくステージに分け、実行から評価のスパンを最小にすること。
3.棚卸し対象の固定観念を捨てること。

棚卸しは鳥瞰に他ならない。いかにワイドに捉えられるか。
しかも、個人・組織のパフォーマンスに負荷をかけない、高速かつ再構築可能なシステムを作っていくかが課題となる。


追記)
住民アンケートは住民意識や生活実態などの棚卸しと言えないか、その場合の目的・目標設定は正しいか、事業コストや効果をどう評価するかの検証が必要。