2015年5月31日日曜日

ヒト・モノ・カネ 地元のしくみや姿勢を改めていく

昨日はjoetsu bar-gai。楽しんできました。
joetsu bar-gaiとは(オフィシャルサイトより引用)
バル街とは市街地の飲食店を舞台に、お客様にバル形式で、食べ歩き・飲み歩き・まち歩きをしてもらい、お店と街の魅力感じながら、店主とのコミュニケーション、参加者同士のコミュニケーションを楽しんでもらうイベントです。
2004年に函館で初めて開催されてから、現在では国内各地で開催されるようになり2012年には新潟県でも長岡市、三条市で開催され大変なにぎわいをみせています。
また、2014年には新潟・長岡・上越の県内3都市がチケットの相互利用などで連携開催をし、新潟県内をバル旋風が吹き乱れました。(オフィシャルサイトより http://joetsubar.com/) 

私がハシゴしたのは数件でしたが、参加店の様子やそれに集まってくるお客達、イベントを企画して運営する人達に触れながら感じた事は・・やはり「まちは人」なのだと。
逢いたくて出かけた目的の人、偶然出会った人、久しぶりに再会した人、初めてコミュニケーションをとった人も・・。
自分と関わった大勢の人がjoetsu bar-gaiに居ました。

地域のイベントを参加者として体験してしばしば感じるのは、関心を持って参加しなきゃ(やらなきゃ)いけない
楽しませてくれた人たちに報いたい気持ちがそうさせます。
そして参加にもいろんな形があって、繰り返しお客さんになるもよし、感想やアイディアを示す事も立派な参加だと思っています。
ともかく無関心からは何も起きないのです。

そこで、何のために参加するのか?


まちのため、頑張ってる人のため・・??
理由付けはいろいろあろうかと思いますが、私は「自分のため」だと思います。

  • 自分が楽しい→そのためには自分ばかりではなく周囲の人も楽しくないといけない。
  • 自分の懐が豊かになる→そのためにはお店が繁盛する必要がある。=お客様に喜んでもらう(還元)
  • 自分を満足させる→そのために活動(行動)でメッセージを伝える。

それぞれ自分の生き方を充実させるために一所懸命になり、それがまちの中で光り、その集まりによってまちが光っていくのではないでしょうか。

加えて存在するのはそれぞれの役割で、(有償無償の)仕事として、お客として、ボランティアとして、受け入れる街として、それらの役割が何かを意識しながら、しっかりと果たしていくことが大切だと思います。







さて商売の話ですが、40〜50年前の「まち」は商店街が中心になり、となり町の商人がやってきたり、もっと遠方の商人がやってきて交流を持ったり、もちろん近間の農家や生活用品を売る人が集まり、食べ物屋さんがあり、暮らしに必要な仕事が営まれ、それらは人がベースになって支えられてきた。お金はその人達の暮らしを支えてきた。
地域の中で一定のリズムで商売が成り立っていた。

今は、大資本の全国規模の企業が地元の人を雇ってモノやコトを流通させている。そのお金は、おおもとの会社に吸い上げられ、大きな三角形の頂点である大都市へと集まっていく。大量や効率優先にならざるを得ない。
事の次第で世の中を大きく変化させてしまう力があります。
(危機管理的に多様性に欠く事は、実は怖いことです)
残念ながらそのようにして頂点に集まったものは地方へは還元されにくいのが現状です。
ある層の都会のサラリーマンが田舎の暮らしに憧れを抱いているとしたら、そういった蓄積への反発の現れかもしれないと思ってしまう。

だからということで、都会の住民を地方に呼び寄せようという考えも一理ありですが、私はむしろ地方のエリアの内側から見て、ビジネスのシステムにお金を流す生活様式ではなく、少なくともその企業の先に地域が見えるものに対してお金を落とすべく、そういった中小企業を育てる事が大切なのではないかと考えています。
まずは、地元の仕組みや姿勢を改めていく。ということです。

以上、周りくどい話しですが、私が今回joetsu bar-gaiで目にしたお店や関わっている人達は、自分を大切に自分の地域に対するアイデンティティを持ち、結果まちにとって、それぞれの役割を果たしてくれている人たちに映りました。
みなさんもこうしたまちづくりに参加しませんか?

2015年5月21日木曜日

地域とおうちベンチャー

昨日は新潟市に出張。空いた時間に趣味の街ウォッチをすることに。

1カ所目は、たまたま見つけた「沼垂(ぬったり)商店街」(沼垂テラス商店街)。雑貨屋さんやカフェ、天然酵母パン屋さん、お惣菜屋さん、居酒屋さん、ギャラリーなどなど。手作り感満載のお店が軒を並べている。
長屋風の古い商業施設を改装してこの4月にオープンしたということだが、定休日の店が多く半分以上の店はシャッターが閉じられたまま。(私はにぎやかな日に出歩かないので廻りが悪い)
それでもたまたま開いていたお店やインフォメーションにインタビュー(駐車場、周辺観光など)を試みるも、数件では時間がもたず、興味津々をひきずったまま次へと向かう。
月に一度の朝市や日曜祭日には随分賑わうだろう。


2カ所目は気になっていた古町の「えんとつシアター」。こちらも、この4月にオープンした席数50席の多目的劇場。たしか商店街の空き店舗対策で開設したと聞いた。催しが入っていなかったのであまり期待せずに立ち寄ってみたがやはり惨敗。チラシすらも置いてない完全休日だった。

ならばと古町モール。ところが接近するも以前と変わった様子もなく寂しい雰囲気で足を踏み入れる気分にならない。ぷらっと本町も同じような状況。
 
途中、人情横丁。これまた長屋風商店街に出くわした。先ほどの沼垂商店街と似ているな、と思ったが比較してみるとこちらのほうが今の形の商店街としては古そうである。店構えが街に染み付いた感がある。


さて、事前学習に乏しく本日の街歩きは不完全燃焼ながらも、こういった予備知識の無い視察ほど客観的な空気を直に感じ取れてよい。ということで機会をみて深く調べてみようと思う。

以下気のついたところ

  1. ショッピングを楽しむ人より、ショップを楽しむワカモノが活き活きとしていた。
  2. 「店やってませ〜ん」のノリ(マイペース)の店と、お客様がいようがいまいが同じ時間に店を開け同じ時間に店を閉め(堅実商売)、定休日など無いのでは?と思えるような比較的ご高齢な方がやっている店の2種混在。
  3. 店員が座っている店と立っている店。座っている店はパソコンかスマホを覗いている。立っている店は通りやお客さんの方に身体を向けているか、忙しなく動き回っている。(座っている人がお客さんを見てないという意味ではありません)


●さて本題の・・

市街地開発、リノベーション、ブランドマーケティング。いろんな見かたができるがあえて「若者のスタイルとまちづくり」として考えてみる。

生活のためのお金を稼ぐためや、ビジネス経営を目的として商売をするのであれば、顧客の求めるものに応えるような店舗運営が第一義である。そこで昔ながらの商人は、これまでの得意客を大切にし、スタイルを変えずに商いを営む中で地道な経営努力を積み重ねている。一方若者はというと、生活苦に陥るほどの経済的な危機状態に無いという前提で、自分がやってみたいことをそれを支えたい顧客と一緒に楽しんでいるように見える。要するに商売の固執する部分が違うように思える。
親の商売を継いだ訳ではないし、その多くは確固とした長期的ビジョンやプラン、大きな資本に支えられているわけでも無い。そういった今どきのスタイルをあえて「おうちベンチャー」と呼んでみたい。

フリマが発展してクラフト市になり、屋台村がケータリング業になり、趣味が講じたおうちカフェもあれば、インターネットを使った個人のライフスタイルから生まれたコンテンツがビジネスとなったりする。
それに個が群がり、彼らにとってはその群が持続的に脆弱かどうかはいま問題ではない。
このように展開する「おうちベンチャー」は大手企業、あるいは歴史ある中小企業が最も苦手とする分野だ。
どんなまちでもこの傾向は否めないが、それがムーブメントとしてまちづくりの主役になるのであればそれは受け入れる必要はあるが、本質はその若者のスタイルがどこに流れていくのか、地域がどう関わっているか、の2点。そこが最も重要な部分で目が離せない。

特に2点目の「地域との関わり」について強調するが、
「おうちベンチャー」が叶えようとしているものを、自分のライフスタイルであったりそこで顧客と形成する「画」にあるとしよう。もしそこに地域との関わりが希薄であれば、地域はその業態の変化とともに弾き飛ばされてしまうか、最悪その地から離れていってしまう。 = 早い話場所はどこでもいい。
ならば私は、むしろ地域が「おうちベンチャー」を育てる、いや産むファクター(素因)を意識的に提案すべきと考える。
当妙高市に言及すれば、妙高山や関田山脈に由来する土壌や水系を気候が取りまき、そこに産する米や農産物、山の幸、その加工品。それらに関わる人や産業や文化がその素因となり得る。
方法についてはいろいろあるだろう。それについてはみなさんの意見を是非とも聞かせて欲しい。

どんな世界でも新興勢力に勢いがあることに間違いない。それが地域とどう結びつくか、現存企業とどういった立ち位置で商圏を共有するかが重要である。それは起業する側ばかりに任せてはおけず、地域が単なる応援にとどまらず、どうアプローチし協働していくかが次世代へどう繋げるかのポイントとなる。そのように感じている。

2015年5月18日月曜日

ほんとうに地域を伝えられるのは住民をおいて居ず

私がウェブサイト製作を業として会社を始めたのは平成15年のこと。初めは自分のレストランの宣伝をしたくて店のホームページを作ったのがきっかけです。独学ですがともかくお金がかけられなかったので必死でしたが苦しくはなかった。むしろ自分の事を自分でやれる喜びとやり甲斐を感じていたのです。

私に依頼してくる企業や団体さんに対して私ができることは、
①お客様の最大の魅力をデザインで表現すること ②お客様が望みたいアピールポイントをより効率よく顧客に伝えること。そして③サイト運営を通して今までに無かった顧客との繋がりをインターネットを通して構築していただくことです。
「自店の情報はお店自身が発信する」が私の最大のサジェスチョンです。
そのためにお客様自身がウェブで発信できることが最大のポイントとなります。

開業当時私は、知識の無い方でもサイトのメンテナンスができる必要性のために、Perlという言語を勉強してサイトにプログラムを取り入れ、後に業務で使えるグループウェア開発もしました。それは仲間づくりのツールや理想の会議室システムへと発展するという副産物を生んだのですが・・・そこまでして自分で発信してもらうには、当然そこに期待する効果があったからです。
以下そのメリットです。

1.最新情報を人の手を煩わさず即座にアップデートできる
2.たとえそれが下手であっても、人の言葉で個性がかき消される事が無い
3.自店を発信するために努力をする、そこに他からは得られないイノベーションが生まれる

今は、オンラインの安価なホームページ制作ツールや、Googleのアプリ。そしてSNSがあるので、私がやらなくてはならない理由が無くなりましたが、「自分の情報は自分で発信する」というポリシーは変わっていません。それは店のパブリッシングに限ったことではありません。

話しを戻しますが、なぜそれをやらなくてはならないのか?
根本のところは、自分が一番大切だからです。
自分の身体(生命)の代わりは誰もやってくれません。
そして、自分を一番良く知っているのは自分なんです。
言い換えれば、「自分のために自分を良く知り、伝えようとできるのは自分しかいない」のです。

まちづくりに関してもその考えは変わりません。
自分のまちは自分達で。
地域のことは地域ぐるみで。
そのためにあなたが何がやれるか?は、あなた自身が考えて実践べきことだと思います。これが良いと思える事を自分の信念でとことんやればいいのだと。無理をする必要はありません。

「まちづくりの専門家」のようなコンサルが仕事となる時代が長く続いています。
もちろんその手法はより専門的かつ高度になり、プロフェッショナルならではの業績を残してくれています。
しかしながら、根本にあるところは住民であることを忘れてはならない。
そして、本当の地域を伝えられるのは住民をおいて居ず、住民自らが意思表示してこそ次に繋がるまち(持続的なまちづくり)ができるのだと思います。