2020年12月11日金曜日
2020年9月6日日曜日
カタカナ英語は理解されない?〜言葉はむずかしい
9月4日の妙高市役所のFacebookの投稿から
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【官民連携による地域課題の解決を! ~「みょうこうミライ会議」のキックオフミーティングを開催~】
「みょうこうミライ会議」は8月4日にプレキックオフミーティングをオンライン(web会議)で開催し、これまでチーム毎にリモートを活用しながら、課題に対しての意見交換やアイデア出しなどを行ってきました。
キックオフミーティングは参加者が現地に集い、フィールドワーク(関係者へのヒアリングや視察)を通じて、課題解決へ向けたバックデータ収集や現地の雰囲気を体感する場として、8月28日に開催されました。
当日は午前中に市役所にて全体会議を行った後、各チームに分かれ、妙高市内で各施設や観光名所を視察したり、実際にバスに乗車するなどして関係者へのヒアリングや参加者によるグループワークを夜まで行いました。
次回は10月28日~30日の予定で、事業化を目的に、合宿形式による立案・プレゼンテーションを実施することとなっています。
<みょうこうミライ会議(官民連携プラットフォーム)の概要>
都市部企業が持つノウハウ・技術を取り込みながら、市民団体、妙高市の3者による
チームを組成し、地域課題、政策課題を解決していくものです。
今年度の課題テーマは①交通分野と②新たな人の流れ分野の2テーマとなります。
都市部企業からは(株)NearME、ダイハツ工業(株)、(株)カヤック、日本マイクロソフト(株)、(株)ワーナーミュージック・ジャパンから参画いただき、妙高市の課題解決に向け、検討していただくこととなっています。
※詳細は下記からもご覧いただけます
<みょうこうミライ会議「note(ノート)」のURⅬ>
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これに対するコメントに驚いた。
「カタカナ文字に慣れないと前期高齢者は進めない」とコメントするかた。そしてまたそれにいいねをするかた。
カタカナ文字の「理解のされにくさ」について改めて考えさせらた。
↓書かれているカタカナ文字を分析すると・・(社名や固有名詞は省略)
・キックオフミーティング プレキックオフミーティング 合わせて3箇所
・オンライン 1箇所
・フィールドワーク 1箇所
・ヒヤリング 2箇所
・バックデータ 1箇所
・チーム 1箇所
・グループワーク 1箇所
・プラットフォーム 1箇所
これらは全て英語をカタカナにしたものなので本来の言語で書くとこうです。(私訳)
・キックオフミーティング プレキックオフミーティング kick off meeting/pre- =初会合/初会合の事前会
・オンライン online =回線に接続されている状態
・フィールドワーク fieldwork =現地調査
・ヒヤリング hearing =聞き取り
・バックデータ backdata =過去の情報
・チーム team =共同の団体
・グループワーク group work=団体作業(支援的)
・プラットフォーム platform=基礎となる環境
この市役所の投稿にどれくらいの方が理解できないと感じたのか。
また、それはどんな方なのか。
どうすればよいのか(カタカナを使わずに日本語に訳せばいいのか、解説をつけるのがいいのか、本来の原文を示すなど・・)
私も頻繁に「村越さんは難しいことを言う」と指摘を受けることから、こうした場面の回避に苦慮している。
問題は何なのか
英語をそのままカタカナで標記している問題も出てくる。
そこが課題だとしたら、違和感無く使っている方はどのような思考で使っているのか(英語で表現しているものを分かりやすくカタカナにしているのか? さもなければ、普通に使っている言葉として認知しているのか)。
ある方は、英語で書くべきだという主張もある。例えば、オンラインはonlineなどと。
調べれば、ディスレクシアという読字障害というものもあるようだ。
ただ現状から察するに、このカタカナ英語は西洋料理のカレーライスのように日本語化したものではないか。
なぜなら、外国人と英語で会話するときに同じ意味でこれらの言葉を使うだろうか、さらに使ったとしても、カタカナ標記の時の発音とは異なると思えるからだ。
言葉は難しい。
パン と言って解らない人が殆どいない言葉まで認知されなければ使うべきではないのか、というとそうではないはずだ。
本来の意味とは違くても共通に認識できる言葉となればそれは公用に耐える。一方で身の回りでは一般的で最も理解しやすい言葉と思っていても、ある方には全く理解できないものがあることも事実。
いずれにせよ、分かる人にだけ伝わっていればいい場合とそうでない場合の使い分けや、ケースバイケースで伝える努力は必要といえる。
2020年8月10日月曜日
リーダー育成の真実
リーダーとは他をまとめ、引っ張っていく人材のことと思われている。
リーダーは小グループや組織の中で必要とされる。
地域にそうした役割を担う人材がいないと、住民の意志が統一されず地域が迷走したり、外部と交渉ができない事態に陥る。
また、リーダーがいないと組織が生まれにくい側面もある。「この指とまれ」をやる者である。
このようにリーダーは、集団がまとまっていく中で必要な役目であったり、何かが動き出すためになくてはならない存在であることに間違いはない。
実際的には、5人、10人、・・・千人、数万人の中に1人必要な船頭。それがリーダーであることに違いはないのだが、ここに大きな落とし穴がある。
「リーダー育成」は何のために行うのか?
・集団にとって正しい意思決定ができるようにするため
・地域振興の核となる団体や、社会的な事業を生むため
そのためのトップとなれる人を育てるため、そう思われているふしはないか。
私は、グループや組織がまとまって、うまくやっていくために必要なものは、一人のリーダーの存在ではないと思っている。
こうした最悪なケースを思い浮かべていただきたい・・
集団の中で手を上げた一人が自分の考えを押し付けようとしたり、またそれ以外の者が都合よくぶら下がっていることが常態化した状態。
「どうせあの人に逆らったって」「私らは責任を負いたくないから」
ついには手を上げた一人を称賛するようになるが、雲行きが怪しくなれば一斉に避難をし始める。
ここに何が欠けているか。
一言で、それぞれの"主体性"である。
大切なことは、主体性は全員に必要だということである。
参加、意見、意思表示、評価、こうした責任の持ちようが全く違ってくる。
リーダーシップとは、こうした主体性のことをいうのである。
極端なことを言うと、良い集団は全員がこのリーダーシップ(主体性)を備えている。
良きリーダーは己の特性を活かしながら、全員のリーダーシップを尊重して決定し、それを損なうことなく最大限活かしていくことができる。同時に、相互の補完やさらなる醸成に努める。
社会的な集団はそのためにリーダー育成をするのである。
また、そうした社会であれば、誰もがリーダーとして活躍できるチャンスに満ちているということだ。
2019年12月9日月曜日
「棚卸し」という便利だけど誤用しそうな言葉
ドラッグストアなどである次期になると、商品個々のプライスカードの所に、小さな付箋に数字が書かれて貼られているのを目にする。昔バイトでやったなぁ。と思い出す。
棚卸しの目的は、仕入れ後の販売や処分などと在庫の相違のチェックといわれる。
最近では「業務」「事業」に対する使い方も認知されてきている。
この場合の目的は、単にデータベース化してインデクスをつけることではない。
行う者は、調査後のデータを分析して、効率化やムダの削減にあたるとしていることが多いのではないか。
棚卸しには正確性も大事だが、効率化やムダの削減ということであるなら、真っ先に、「目的(何のために)」、「目標(いつまでに、どこまで、どういった成果物 など)」が明確化されているかどうかがポイントである。
あたりまえだが、より論理的な仮設を立て、なおかつ精査してから始めないと、過剰な時間や経費を費やすことになり効果は期待できない。仮に統計を目的とした場合でも、目標設定と評価を適切に、かつ適正に保守できる仕組みをビルトインしておくべきだ。
一方、業務の棚卸しの場合、範囲をどこまでを対象にするかが、成功の”コツ”ではないか。そこで、業務というと堅いので、「しごと」とする。
「Aさんがやっているしごとを棚卸ししましょう」とした場合、本業や趣味、家の仕事 や、仕事というにはもっとあいまいな「朝起きたら居間のエアコンのスイッチを入れる」とかいう習慣まで、含めるケースもあっていい。
反論承知であえて言っているのだが、個人においてはプライベートなごく些細な動きや環境の変化すら、これからのしごとには関わってくる。収益の伴うもの伴わないもので線引することがかえって混乱を招くことが多いためで、私だけがそうだ、とは思わない。
組織についても同じ。組織は複数の人と業務と、多様なステークホルダーを整理しておく必要があり、対象を設定する場合には、全ての中からピックアップしていくことになる。しかも高速に。高速である必要は、個別がそれぞれの案件を同時並行的にスクラップとビルドを繰り返すからで、ここでは説明を省かせていただくが、例えば働き方改革で兼業が習慣化し、テレワークによりマルチタスクで生活していく、という事例等でお察しいただきたい。
ここでは、なぜ今それか、という話をしたい。
シェアリングという言葉が使われだしている。昔は共有にあたる、のでいいのかな。
一つのものの利用者が増えれば、コストが下がる。あるいは、もののヴァリューが増えるという考えだ。
物や事は情報技術を介して、急激にそのシェアリングの成果が向上している。
最近は、物質は人であったり、事はより能動的な知として、非常にフレキシブルに機能している。
このようにして、物や事の使われ方の選択が膨大になり、かつ場所や時間といったハードルが低くなってきた昨今。いつ誰が何をどうして、という順序立てた常識みたいなものにブレイクスルーが起きていると考えて間違いはない。
私は、数年して振り返った時に、ああ2019年〜2020年がそういう次期だったね。となると確信している。
ということで、もし「今までこうだったから」という文脈をもっているなら、「今まではこうだったけど」に変えなくてはならないし、その意味であらゆる事にこれまでのロジックは捨てるべきである。選択は自由と断っておくが。
棚卸しといって、あたかもこれからを考えようとしているように見えて、アリバイであったり、イノベーションへの逃げに使われたとしたら、そんな詐欺行為には警戒が必要だ。
自分に対しても、他者に対しても。
学ぶべきことは、
1.「棚卸し」をやるには、目的目標を明確にしてやること。決して棚卸しを目的にしない。
2.また、これを高速にやること。時間がかかるプロジェクトなら大きくステージに分け、実行から評価のスパンを最小にすること。
3.棚卸し対象の固定観念を捨てること。
棚卸しは鳥瞰に他ならない。いかにワイドに捉えられるか。
しかも、個人・組織のパフォーマンスに負荷をかけない、高速かつ再構築可能なシステムを作っていくかが課題となる。
追記)
住民アンケートは住民意識や生活実態などの棚卸しと言えないか、その場合の目的・目標設定は正しいか、事業コストや効果をどう評価するかの検証が必要。
2019年10月4日金曜日
低リテラシー。妙高市のホームページの運用状況について
総合計画が重要である、という話は前のページでいたしました(令和2年度施行に向けて「第3次妙高市総合計画」の策定中)。
そのデータに、妙高市の公式ホームページのトップページからかなりアクセスしにくく、「場所が分からない、掲載されてない」と言われても仕方がない状況に困惑しています。
計画案が公示され、パブリックコメントが始まったのは、議員に配布された9月25日からです。市民への説明会は、25日(新井地区)、26日(妙高地区)、27日(妙高高原地区)で、いずれもスライドによる概要説明程度です。
計画案全文の閲覧は、市役所と各支所、そしてホームページで可能ですが、その広報もマスコミを通じてと、市報みょうこう10月号によるものです。
説明会に訪れた人数は3箇所の合計で50名ということです。中には市の職員も含まれていました。
パブリックコメントは10月24日まで行っていますが、10月3日現在で、すでにホームページのトップページからの案内が削除されている状況です。
1.トップページを開いて
新着情報に「第3次総合計画」の文言はありません。
7.パブリックコメント制度の紹介ページをスクロールして一番下です。
「意見等の募集中の案件または募集結果(外部サイト)」をクリックしてください。
8.パブリックコメントの実施案件及び今年度実施案件の結果のページです
「第3次妙高市総合計画(案)」をクリックしてください。
9.「第3次妙高市総合計画(案)」についてご意見を のページ
下の方の、関連ファイルの「第3次妙高市総合計画(案)」をクリックしてください。これで全文が見れますが、気をつけてください。46メガバイトというかなり大きいデータです。

実際は「検索」が一番簡単にアクセスできます、が・・・
- 「3次妙高市総合計画 パブリックコメント」でググれば一発で出てきます。しかし、ホームページのトップページから見つからないのは困ります。
- PCでトップページにアクセスして、運良く左下の「パブリックコメント制度の紹介」をクリックできて、さらに運良く左メニューから「第3次〜」が見つけられたなら、最短です。しかし、普通はそこに目は行きません。
- なお、スマホでは「パブリックコメント制度の紹介」も表示されません。
- 46メガバイトという、大きなファイルサイズはいかがなものでしょう。(圧縮を工夫すれば半分のサイズに縮小できます。また、画像のPDFファイルではなく、文字データのPDFファイルにすべきです)
令和2年度施行に向けて「第3次妙高市総合計画」の策定中
自治体では総合計画という、まちの基本構想が策定されていますがご存知でしょうか?
妙高市では、今が次の総合計画策定の最終段階です
ところで最上位計画となる総合計画って実際はどうなの?
- どんな災害がやってきてもびくともしない安心安全な家 か、
- 緑と生命のあふれる健康と安らぎの家 か、
- となり近所と仲良し、友だちと笑顔の絶えない家 か。
市民にとってものすごく大事な計画です
長くなりましたが、市民の皆さんもぜひとも関心を持って関わっていただきたい理由をお話しました。
第3次妙高市総合計画案(案)のダウンロード
※このデータは、約50メガバイトあった原本を、軽くするために村越が圧縮した(約22メガバイト)ものです。
2019年9月11日水曜日
ESD「持続可能な開発のための教育」の実践へ向けて
ESD
Education of Sustainable Developmentは、「持続可能な開発のための教育」と和訳されています。このESDは、これから先 重要です!Sustainable Development は、日本語に直訳して「持続可能な開発」と一般的には呼ばれていますが、これが理解をぼやかしている原因ではないでしょうか。
比較的分かりやすいこちらです。↓
「将来の世代が必要とするものを損なうことなく、現在の世代の要求を満足させる開発。」
さらに解りやすく、「持続可能」を自分の身体に置き換えてみると、こんな感じ・・
いま目の前のご馳走がどんなに美味しくても、食べ続けていたら翌年に入院するはめになるような料理は、持続可能とは言えない。
つまり、食べて美味しい、という今の満足だけではなく、それを食べ続けた時に、より健康になれる食生活が持続可能と呼べるもので、そうした料理を創造していくことが持続可能な開発、ということになります。
この例をずっと長いスパンで、さらに、地球規模で当てはめて考えてもらえばいいのです。
そうした開発について知ったり、実践して学ぼう。というのがESDです。
また、学びとは、あらゆる人が、あらゆる場所で、あらゆる機会を通して行えるものです。このESDも、大人であろうが、企業であろうが学びを実践できるはずです。
<持続可能ではない開発>
地球資源を減らしていく開発
地球環境を汚染させていく開発
人や動物、生き物に負荷をかけるような開発
↓
持っているものと、持たないものの存在
利益を得るものと、被害を被るものの存在
(ステークホルダーの役割)
今からちょうど一年前、2018年の9月議会の一般質問で、社会的責任(SR/Social Responsibility)について触れました。行政、企業、各種団体は、それぞれの立場で持続可能性(Sustainability)を求めていく社会的責任があると思います。その過程のなかで、横断的に持続可能性を学ぶことが「持続可能な開発のための教育」=ESDと認識しています。
また、そうした学びを提供することも同様です。
なぜ学びにこだわるかというと、教育は地域、団体、社会を動かすベクトルが強力だからです。
ちなみに、インセンティブ(動機)が最も高いのは消費でしょうか。
”学びて” には、学びを得る自由と権利があり、地方公共団体は住民のために「場=拠点機能」を提供する義務があります。
しかも、こういった前提だけでは主体性は育ちませんので、政策やそれに依らない人的支援も必要です。それが変化と持続をもたらします。
主体性そのものも持続可能性の種ですが、さらに意識的に、持続可能性の芽出しと成長の必要があり、そのために、官民連携による共創や市民主体のまちづくり活動において、可能な限り生産性の高いガバナンス(統治、統制)のもと、学びの生態系(教育エコシステム)を構築していく必要があります。
行政の立場は、「社会的責任の担い手」による社会的インパクトを理解し、自らの実行と、政策決定をしていかなくてはなりません。
エコシステムを構築するために、複数のステークホルダーの連携を可視化する必要があります。そこでそれぞれのステークホルダーは、自身の役割はどうか、の立ち位置を明確化したうえで連携し、さらにステークホルダー同士を管理するガバナンスが、最も重要であることも付け加えます。
(ESDの取り組みへ)
提供される場は、仮想でも現実(バーチャル・リアル)でも、より適した環境であればこだわりません。 図書館、公民館、博物館、スポーツ施設、もちろん学校。いわゆる社会教育施設・文教施設から、ラフなコワーキングスペースや公園、多目的広場などや、ウェブサービスまで。提供主体が公共団体、企業、地域、家庭、学校、それぞによって、また関わる主体によって、場やプロセス、支援など変わってくることもありますが、基本はどれも同じです。
こうした開発は固定観念こそ最大の障害です。
さて、こうしたロジックにより、人は、地域は、あらゆるステークホルダーは、「持続可能な開発のための教育」にどうアプローチするか。そこが論点で、創造的かつ面白いところです。
(例1.企業CSRのESD化)
民間企業は社会貢献を実践して久しく、一層深化する傾向にあります。そうした企業は理念に則り、より地域のために、社会のために、多様な主体を巻き込んでそれぞれの活動を行います(官民連携、産学連携、リビングラボなど)。また純粋な収益活動から教育に軸足を移していく事例や、社会貢献そのものをビジネスにする、社会的企業もあります。 このように企業の社会的責任(CSR)も変様しています。
最後のは、CSR 3.0 と呼ぶらしいです。そこで、人材育成に繋がっていくということです。
『次世代CSRとESD 企業のためのサステナビリティ教育(2011)』はたいへん良い理解につながりました。
(例2.自治体政策としてのESD)
公共団体は住民と協働で、場を価値の高いものにしていきます。場のソフト的デザインの必要です。そこに細心の注意と社会的責任感、行政なりの自主性がなくては、政策は成り立ちません。
現場を読むこと、課題解決の仮説をたてること、未来ビジョンを描くこと、共有して共創を生み育むこと。
以下は、岡山市のESD(持続可能な開発のための教育)の取り組みの紹介です。
ホームページの公民館の理念にこうありました。
「ともに わたしたちが 未来をつくる 開かれた公民館」
文言だけでは評価できませんが、以下、参考になります。
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~ともに わたしたちが 未来をつくる 開かれた公民館~
公民館は社会教育法によって市町村が設置している施設です。
岡山市には、37の公民館が、ほぼ中学校区に1つあります。
多くの公民館に図書コーナー(3館は図書館)が併設され、会議室や料理、工芸等ができる部屋、ダンスなどができる実技室等を備えています。
公民館は、年齢や性別、国籍、障害の有無などに関係なく誰もが利用できます。
公民館は、地域に住む人が出会うつながる集いの場、自分たちで学びたいことを学び合う場であるとともに、そこでの学びや活動、人とのつながりをとおして、持続可能な地域づくりにつながる力を生み出す地域の拠点です。
岡山市の公民館では、ESDの視点を取り入れて、岡山市の重要な地域課題と関わる8つの重点分野(地域づくり、共生、防災・安全安心、環境、健康、男女共同参画、子育て、長寿社会)に関する主催講座や、地域課題の解決に向けた担い手が育つ場づくり、地域づくりの推進のためのコーディネートなどの取組も職員と市民が協働で進めています。
「ともに わたしたちが 未来をつくる 開かれた公民館」
だれもが気軽に立ち寄れ、未来の地域づくりにもつながる公民館をぜひご活用ください。
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さいごに
持続可能な開発のための教育。意味も内容も分かりにくいものかもしれませんが、 個人のレベルの実践はそう難しくありません。心がけないといけないのが、「なぜこれをやるの?」「今のやりかたでいいの?」 です。
こうした自らへの問いかけと、それを支える自主性。これが伴わなければ、何の意味も無いものになっていってしまうと私は思います。






